人類補完機構シリーズ
≪バックグラウンド≫

 人類補完機構シリーズは、コードウェイナー・スミス(1913-66)の綴った壮大な未来叙事詩です。謎の統治機関『人類補完機構』を中心に据え、一万五千年にわたる未来の人類史を描いています。
 宇宙空間に潜む竜を猫と一緒に退治するピンライターの話『鼠と竜のゲーム』。猫娘ク・メルも登場する幻想的な廃墟探訪譚『アルファラルファ大通り』。田舎の大富豪の少年が地球を買う話『ノーストリリア』等が代表作です。

 この作品の面白いところは、ちょうど現代人が古代帝国の盛衰を小説にするような感じで、作者が遠い未来の出来事を『過去に起こった事件』のように書いているところです。究極の科学技術と官僚機構によって造られたグロテスクな幻想世界、それがこの作品の世界観です。スミスの書いた作品の多くは、このシリーズに属する連作短編で、『ノーストリリア』がシリーズ唯一の長編となっています。

 作者が完結編を著す前に亡くなってしまったため、シリーズは永遠に未完のままです。残念。


 主な作品リスト
  ・『アルファ・ラルファ大通り』 (ハヤカワ文庫SF『鼠と竜のゲーム』所収)
  ・『ノーストリリア』 ハヤカワ文庫SF
  ・『帰らぬク・メルのバラッド』 (ハヤカワ文庫SF『シェイヨルという名の星』所収)
  ・『昼下がりの女王』 (ハヤカワ文庫SF『第81Q戦争』所収)



≪猫耳作品としてのみどころ≫

 補完機構シリーズにおける未来では、ほぼ全ての労働が高度な科学技術で機械化されているため、普通の人間(真人と呼ばれます)はほとんど働く必要がありません。しかし、機械の保守点検といった機械自体で補えない単純労働を、動物から作り出された亜人間が担っています。この亜人間たちは人権のない下級民として、奴隷のように真人に仕えているのです。
 下級民には犬、鳥、牛、熊、蛇、カメ等、ベースとなる動物によってバラエティがあり、もちろんその中には猫の下級民も存在しています。その代表格はシリーズ全体を通じてのヒロインともいえる猫娘ク・メルなのですが……。

 実は彼女が『ネコミミ』として描写されている場面は一つもありません!

 元が猫である、猫らしい、という描写は結構あるのですが。基本的に『遊び女(ホステス嬢)として作られている』という以外に外見の描写があいまいで、登場作品ごとに微妙に設定が違っていることもあり、自由な想像が入り込む余地が多いのでしょう。
 なぜか日本では彼女の姿を絵にすると、ネコミミになっていることが多いようです。ネコミミの方が先なのか、ク・メルの方が先なのか私には分かりません。猫耳が今ほどのブームになる以前も、ク・メルのイラストは猫耳だった、という噂を聞いたこともあります。ただ、ク・メルという最古世代の猫娘ヒロイン(初登場はおそらく1961年!)が、今のネコミミに何か影響を与えているに違いない!と、スミス作品の一ファンである私は思うわけなのです。

ク・メルの影響を受けている作品
 ・『銀河辺境シリーズ』 伊藤典夫/浅倉久志 訳 ハヤカワ文庫SF
  『奴隷狩りの惑星』において、猫から人工進化させられたモルロウビア人(耳が若干尖った美女)が登場します。作中にコードウェイナー・スミスに関する言及があり、直接的な影響がうかがい知れる作品としては最も古いです。邦訳としては、『人類補完機構』本編よりも先に発表されています。

 ・『愛人[AI-REN]』 田中ユタカ
  「ク・メル」という名前の人造人間が登場します。
  猫耳のようなアクセサリーと鈴付き首輪をつけた格好をしています。

 ・『CANNONBALL ねこねこマシン猛レース』  ※18禁ゲーム
  登場するネコミミ族の別称として「C’mell」が使われています。
  作中の世界観そのものも、人類補完機構にかなりインスパイアされているようです。

 ・『パレドゥレーヌ』  ※乙女ゲー
  猫人の種族が「ク・メル」と呼ばれています。
  また「ク・メルの耳」というアイテム(衣装)が出てきます。



≪登場猫解説≫

【ク・メル(C'mell)】

 人類補完機構シリーズのメインヒロインです。
 彼女とはあまり関係のない話にもちょっとだけ顔をみせていたり、名前がでてきたりと、シリーズ中ではクレオパトラや楊貴妃のような『歴史を動かす絶世の美女』的役割を担っています。猫から作られた下級民で職業は『遊び女(ガーリィガール)』、いわゆる客おもてなし役の高級ホステス嬢。名前につく『ク・(C’)』は『CAT』のCを示します。

――『ノーストリリア』中のク・メル

 『ノーストリリア』はク・メルが中心となる話ではありませんが、最もク・メルが活躍する作品です。(唯一の長編だから、というのもありますが)この作品では地球を買ってしまったがために命を狙われる身となったロッド少年を導く重要な役割を担います。身分を偽るために下級民(猫)に化けたロッドの猫妻(!)として、彼と共に旅をするわけです。

 外見は、ロッドいわく『オールド・ノース・オーストラリアの女性がみんなラードの袋に思えるほど(文庫版P208)』愛らしく、地球一の魅惑的な美女を生み出すように交配された猫娘。
 動きはすばやく、隙が無く、抱きしめたくなるほどかわいくて、休息している時でさえ官能的。しなやかですべすべした体と、赤い髪と鋭い目と幅広いヒップ、野性の鈴のようなソプラノの声、というあたりが具体的な特徴です。ただし、普通の人間から見ると一目で猫娘と分かるらしいのですが……。(耳についての記述がないことに注意。このあたりにク・メルを猫耳と解釈する余地があるのかもしれません)

 ク・メルは『遊び女』として育てられてはいますが、その内面は派手好きでも軽薄でもなく、仕事として与えられた役を完璧に演じきる、どちらかというと知的な娘です。元々群れをつくらない猫の出身であるせいか、身分の上下をあまり気にかけず、誰にでも明るく接します。

 この長編での彼女の服装は『軽業師の衣装』であること以外よく分からないのですが、垂直洞を降下してゆくときに『スカートがまくれあがらないように(文庫版P235)』する仕草があるのでスカートらしきものを身に着けていることはかろうじて分かります。後半(文庫版P381)、清楚な白いドレス姿(一種のウェディングドレス?)で再登場します。


【ク・ロデリック】 登場作品『ノーストリリア』

 地球を買ったせいで命を狙われる身となった大富豪ロッド・マクバン少年が身分を偽るために猫の下級民に変装していた時の偽名。 
 中身は当然人間なのですが、整形手術によって外見は完全な猫人に改造されていました。上唇の上には左右に十二本くらい、40センチほどのひげ。目の虹彩は緑色に着色され、耳の先はぴんと尖っている。どうやらこれが一般的な猫人♂の姿らしいのですが……。
 猫娘ク・メルも、もしかすると上記のような特徴を持っているのかも?


【ク・ウィリアム】 登場作品『ノーストリリア』

 補完機構の保護を受けて、五百年以上も生き続けている老猫人。人からはキャットマスターと呼ばれています。古代の骨董品を売る『心からの願いの百貨店』の店主であり、西暦16000年の地球にただ一人残った臨床心理学者でもあります。(作中の未来世界では補完機構が不幸を感じている人間を物理的に『幸せな人間』に改造できるため、神経症の治療やカウンセリングの需要がないので心理学者がいないわけです)
 猫男にしては長身。 あまりに高齢なため、性差や種族差や動物らしさといったものはほとんど薄れていて、しわくちゃの皮膚も頭髪もベージュ一色。まばらな口のひげも古びてすりきれてしまっています。
 彼は古代に遠い星々の間で何世紀も栄えたある王朝の『原皇帝』が定めたきらびやかな宮廷服を身に着け、いかにも賢者然とした崇高な雰囲気を漂わせています。


【ク・マッキントッシュ】 登場作品『帰らぬク・メルのバラッド』(『シェイヨルという名の星』所収)

 ク・メルの父親。作中にでてくるのは名前だけです。
 常重力下で50メートルの走り幅跳び記録を出した最初の人型生物。有名らしい。
 ク・メルの運動能力と知名度は父親譲りのもの?


【ハーキー】 登場作品『昼下がりの女王』(『第81Q戦争』所収)

 ク・メルがあまりに有名なためほとんど目立ちませんが、シリーズに登場しているもう一人の猫人♀です。
 ブロンドの猫人女性で、下級民育種計画の失敗で生まれた『実験人間』『無認可民』。その青い瞳には『明らかにふつうとは違う光(文庫版P75)』があり、目が不自由な様子。体型はスマートだけれど猫背気味?
 服装についての記述はないので、『家政婦』という彼女の役割から妄想を膨らませてみましょう。
 終末戦争後の荒廃した地球に、人工衛星(避難用ポッド?)で落ちてきた少女ユーリの世話をする、聡明で心優しい猫女性です。


(2004/10/27 初稿)
(2005/02/06 加筆修正)
(2007/09/17 加筆修正)
(2011/08/28 加筆修正)

【もどる】