『小鼠、ニューヨークを侵略』  レナード・ウイバーリー

北アルプスの小国グランド・フェンウィック大公国が外貨獲得を目的に、冷戦下のアメリカに宣戦布告するというユーモア小説。
本来、宣戦布告は外交上のポーズでしかなかったはずなのに、大公国は意外な戦利品を獲てしまい……?

9.11以降の今日の世界情勢から見ると、この作品で示されている世界紛争解決策に甘さを感じたりもしますが、内容自体は冷戦下の世界情勢に対する皮肉に富んでいて愉しいです。

特に私は本作中の重要イベントである『米東部沿岸・大防空演習』の描写に心躍らされました。この壮大なアイデアだけで一つの長編が書けるんじゃないかと思うくらい面白い。

ソ連の外務人民委員と英国の外務大臣がバーで酌み交わすシーンなんかも好き。

 

『人間の手がまだ触れない』 ロバート・シェクリィ

有名な作品ですね。もう古典の域に入ると思うのですが。
収録作品の印象は星新一のショートショートSFみたいな感じ。
というか、実際は順序が逆なのかもしれませんが(星新一がシェクリイの影響を受けていそう)。

『体形』『専門家』にみられるような、不定形宇宙人(ナメクジかスライムみたいな感じ?)の価値観が印象的でした。それぞれ繋がりの無い作品なので、たぶんシェクリイの好みのモチーフなんでしょうね。

複雑な道具を作るより、身体のカタチを変えて複雑な作業ができるようになった方がいいじゃないか、という価値観は理解できないでもないです。

不定形知的生命体は手塚治虫の漫画にもよく出てきますが、不定形な肉体への憧れは、意外と多くの人が抱いてる願望なのかもしれません。

 

『ノヴァ』 サミュエル・R・ディレイニー

異星の酒場で大富豪の冒険家ローク・フォン・レイが勇敢な宇宙船乗りを求める所から、物語は動き出します。目的は超エネルギー物質イリュリオンをノヴァ化する恒星から掴み出すこと!

スペースオペラとしては王道の幕開けなのですが、それから終盤直前にいたるまでの展開は結構スペオペの定石から外れた感じの話になります。宇宙船ロック号の航海が冒険というよりも観光といった方がいいくらいゆったりしているせいです。

『絢爛華麗な風景を見せる』(by オールディス)という点で、確かにこの作品はワイドスクリーン・バロックなんだろうなと思いました。乗組員も戦士というより芸術家っぽい人が多いですし。

文化の理論について色々喋って悦に入るインテリ青年カティンと彼の言葉に反発しながらシリンクス演奏で文化を実践してみせるマウス。この二人のキャラの対比がとても良かったです。

終盤直前まではゆったりとしているんですが、ノヴァが始まってからのスピード感はかなり凄いですね。最初から最後までワクワクしながら楽しめました。

ノヴァ (ハヤカワ文庫SF)
ノヴァ (ハヤカワ文庫SF)

『プランク・ゼロ』 スティーヴン・バクスター

イロイロ言われてるみたいですが、ハードSFの人の中では一番好きな作家です。私は古い世代じゃないのでフォワードとかより、バクスターに親近感があったり。

この短編集は超種族ジーリーに関する短編がまとめられてます。

化学屋さんの私としては、パウリの排他原理といったネタがでてくる世にも珍しい物理化学?ハードSF『黄金の繊毛』が印象に残りました。物理学や天文学や生物学に比べて化学をネタにしたハードSFがあまり無いのは、やっぱり化学の地味さのあらわれなのでしょうか、、、

プランク・ゼロ (ハヤカワ文庫 SF―ジーリー・クロニクル (1427))
プランク・ゼロ (ハヤカワ文庫 SF―ジーリー・クロニクル (1427))

『マジック・キングダムで落ちぶれて』 コリイ・ドクトロウ

表紙はメイドさん。
それはそれとして、裏表紙には『ユーモアSF』との文字があるんですが、実はあんまりユーモラスな話じゃないですね。読後感としては『ライ麦畑でつかまえて』に近い感じ。全体的に軽いけれど、どこか切ないノスタルジックな物語。

作品の舞台は不老不死と半永久的エネルギーが実現した<ビッチャン世界>と呼ばれる近未来。人間の脳にCPUが埋め込まれていて全人類がブロードバンドで繋がっていたり、脳記憶のバックアップ、ダウンロードなんていうことも当たり前に行われるポストなサイバーパンクの世界です。
物語ではそんな未来社会でディズニーワールドのマジックキングダムのスタッフとして働くことに生きがいを見出した主人公ジュールズとマジックキングダム生まれの恋人リル、そして親友のダンの三人を中心とした、ディズニーワールドを巡るごたごたの日々が描かれます。

世界観の壮大さと、あまりにもスケールの小さい日常とのギャップは確かに面白いんですが、その日常でジュールズが遭遇する出来事はかなり痛切です。ダンは読者の私にも魅力的で尊敬できそうな人物に見えるので、ジュールズがダンに対して感じる想いにいちいち共感してしまう。

そしてダンが正体を見せたときの戸惑いにも。

ラスト付近のジュールズの言葉―『許すよ』―が深いです。

マジック・キングダムで落ちぶれて (ハヤカワ文庫SF)
マジック・キングダムで落ちぶれて (ハヤカワ文庫SF)

『西条秀樹のおかげです』 森奈津子

森奈津子の傑作級の短編はほとんどこの短編集に収められていると思います。変態すぎてラブリーなメイドロボのハンナも出てきますし。

文庫版を買った目的は文庫版収録の『タタミ・マットとゲイシャ・ガール』が読みたかったから。この短編、田中哲文の短編集にもあったプレステ2のゲーム『蚊』のノベライゼーションらしいですが、こんな変な作品ばかりを集めているらしいメディアワークスの『蚊』アンソロジーがすごく読みたくなってきました。

西城秀樹のおかげです (ハヤカワ文庫 JA)
西城秀樹のおかげです (ハヤカワ文庫 JA)

『虎よ! 虎よ!』 アルフレッド・ベスター

この作品に出てくるジョウント効果って、何かに似ているなあと思っていたんですが、やっと分かりました。

マロール。Wizardryのテレポート呪文。自分のいる場所と目的地の座標を正確に覚えておかないといけなかったり、未知の場所にテレポートを試みて失敗すると、青ジョウントならぬ *** いしのなかにいる *** になったり。

もしかすると、マロールはジョウントの設定を下敷きにしているのでしょうか? 実際、Wizは硬派なファンタジーにみせかけて、スタートレックとかモンティ・パイソンの映画とか妙な作品から設定を借用しているので、ありえないでもないかも……。

作品の感想。オリヴィア・プレスタインの扱いにちょっと不満が。好きなキャラだったので、最後まで出てきてほしかったです。いきなり消えてしまった感じがする。全体的にはとても面白いSFではあるのですが。

虎よ、虎よ! (ハヤカワ文庫 SF ヘ 1-2)
虎よ、虎よ! (ハヤカワ文庫 SF ヘ 1-2)

『蹴りたい田中』 田中哲文

表題は芥川賞受賞の綿矢りさ『蹴りたい背中』のパロディですが、過去の作品にも増してくだらないダジャレ度が増してます。蚊が主人公の探偵小説『赤い家』なんて文章の至る所がダジャレになってますし。

でもワイドスクリーンバロック風(?)だった『銀河帝国の弘法も筆の誤り』よりスケールの小さい話が多く、そのせいで馬鹿馬鹿しさが少し薄れている感があります。

その中でも『吐仏花ン惑星 永遠の森田健作』は森田健作の人格をコピーした人工知能が謎の吐仏花ン惑星に挑む主人公を『よぉし、今から一緒にウサギ跳びをしよう』などと励まし続けるという脱力しまくる話。ワイドスクリーンバロック風(?)なアホらしさを存分に堪能できました。

蹴りたい田中 (ハヤカワ文庫 JA)
蹴りたい田中 (ハヤカワ文庫 JA)

『ねじとねじ回し この千年で最高の発明をめぐる物語』 ヴィトルト・リプチンスキ

著者が「この千年で最高の発明」と主張する、ねじとねじ回しに関する科学史エッセイです。

ねじって何気なく使っていて、組み合わせた物体同士を留めたり分解するのに便利、くらいにしか思っていなかったんですが。構造といい用途といい、重要性でいうと似たような用途で使われる釘やリベットとは格段の差があったんですね。
ねじの「物を留める」以外のもう一つの用途、「ねじの回し具合で可変部品の角度や位置を調整する」という機能が、精密機械工業に無くてはならない要素だというのは、目から鱗でした。工作機械ってやっぱり凄いなあ。

ねじ以外のエピソードにも興味深いものが沢山ありました。
たとえば「降ってわいた発明」とされる服のボタン。ボタンとボタン穴という単純な物を、13世紀になるまで人類の誰も思いつかなかったというのは驚きです。確かに「ボタンを留める操作」を、口や文章で説明するのがかなり難しいことを考えると、ボタンの概念すら存在しない世界で、ボタンを発想するのはとてつもない閃きが必要だったんでしょう。

こう考えると「ものすごく簡単に作れるのだけれど、誰も発想することができないから存在しない物」というのは私たちの世界に結構ありそうです ( 「存在しない物」が在るというのも変な表現ですが ) 。

SF的に考えると、別の平行世界ではそういった物が普通に使われていて、こちらの世界の暮らしとは全然違う様相になっていたりするんでしょうね。
そういうSF小説とかあったら面白いのかもしれませんが、「誰も発想することができない物」を描けるわけがないので、そんな物語は永久に描かれることはないという……。

ねじとねじ回し この千年で最高の発明をめぐる物語 (ハヤカワ文庫NF)
ねじとねじ回し この千年で最高の発明をめぐる物語 (ハヤカワ文庫NF)

猫耳や狐耳のついた「獣耳キャラクター」について、漫画・小説・ゲーム・アニメ等における表現史を調査している同人サークルです。