『マジック・キングダムで落ちぶれて』 コリイ・ドクトロウ

表紙はメイドさん。
それはそれとして、裏表紙には『ユーモアSF』との文字があるんですが、実はあんまりユーモラスな話じゃないですね。読後感としては『ライ麦畑でつかまえて』に近い感じ。全体的に軽いけれど、どこか切ないノスタルジックな物語。

作品の舞台は不老不死と半永久的エネルギーが実現した<ビッチャン世界>と呼ばれる近未来。人間の脳にCPUが埋め込まれていて全人類がブロードバンドで繋がっていたり、脳記憶のバックアップ、ダウンロードなんていうことも当たり前に行われるポストなサイバーパンクの世界です。
物語ではそんな未来社会でディズニーワールドのマジックキングダムのスタッフとして働くことに生きがいを見出した主人公ジュールズとマジックキングダム生まれの恋人リル、そして親友のダンの三人を中心とした、ディズニーワールドを巡るごたごたの日々が描かれます。

世界観の壮大さと、あまりにもスケールの小さい日常とのギャップは確かに面白いんですが、その日常でジュールズが遭遇する出来事はかなり痛切です。ダンは読者の私にも魅力的で尊敬できそうな人物に見えるので、ジュールズがダンに対して感じる想いにいちいち共感してしまう。

そしてダンが正体を見せたときの戸惑いにも。

ラスト付近のジュールズの言葉―『許すよ』―が深いです。

マジック・キングダムで落ちぶれて (ハヤカワ文庫SF)
マジック・キングダムで落ちぶれて (ハヤカワ文庫SF)

『西条秀樹のおかげです』 森奈津子

森奈津子の傑作級の短編はほとんどこの短編集に収められていると思います。変態すぎてラブリーなメイドロボのハンナも出てきますし。

文庫版を買った目的は文庫版収録の『タタミ・マットとゲイシャ・ガール』が読みたかったから。この短編、田中哲文の短編集にもあったプレステ2のゲーム『蚊』のノベライゼーションらしいですが、こんな変な作品ばかりを集めているらしいメディアワークスの『蚊』アンソロジーがすごく読みたくなってきました。

西城秀樹のおかげです (ハヤカワ文庫 JA)
西城秀樹のおかげです (ハヤカワ文庫 JA)

『虎よ! 虎よ!』 アルフレッド・ベスター

この作品に出てくるジョウント効果って、何かに似ているなあと思っていたんですが、やっと分かりました。

マロール。Wizardryのテレポート呪文。自分のいる場所と目的地の座標を正確に覚えておかないといけなかったり、未知の場所にテレポートを試みて失敗すると、青ジョウントならぬ *** いしのなかにいる *** になったり。

もしかすると、マロールはジョウントの設定を下敷きにしているのでしょうか? 実際、Wizは硬派なファンタジーにみせかけて、スタートレックとかモンティ・パイソンの映画とか妙な作品から設定を借用しているので、ありえないでもないかも……。

作品の感想。オリヴィア・プレスタインの扱いにちょっと不満が。好きなキャラだったので、最後まで出てきてほしかったです。いきなり消えてしまった感じがする。全体的にはとても面白いSFではあるのですが。

虎よ、虎よ! (ハヤカワ文庫 SF ヘ 1-2)
虎よ、虎よ! (ハヤカワ文庫 SF ヘ 1-2)

『蹴りたい田中』 田中哲文

表題は芥川賞受賞の綿矢りさ『蹴りたい背中』のパロディですが、過去の作品にも増してくだらないダジャレ度が増してます。蚊が主人公の探偵小説『赤い家』なんて文章の至る所がダジャレになってますし。

でもワイドスクリーンバロック風(?)だった『銀河帝国の弘法も筆の誤り』よりスケールの小さい話が多く、そのせいで馬鹿馬鹿しさが少し薄れている感があります。

その中でも『吐仏花ン惑星 永遠の森田健作』は森田健作の人格をコピーした人工知能が謎の吐仏花ン惑星に挑む主人公を『よぉし、今から一緒にウサギ跳びをしよう』などと励まし続けるという脱力しまくる話。ワイドスクリーンバロック風(?)なアホらしさを存分に堪能できました。

蹴りたい田中 (ハヤカワ文庫 JA)
蹴りたい田中 (ハヤカワ文庫 JA)

『ねじとねじ回し この千年で最高の発明をめぐる物語』 ヴィトルト・リプチンスキ

著者が「この千年で最高の発明」と主張する、ねじとねじ回しに関する科学史エッセイです。

ねじって何気なく使っていて、組み合わせた物体同士を留めたり分解するのに便利、くらいにしか思っていなかったんですが。構造といい用途といい、重要性でいうと似たような用途で使われる釘やリベットとは格段の差があったんですね。
ねじの「物を留める」以外のもう一つの用途、「ねじの回し具合で可変部品の角度や位置を調整する」という機能が、精密機械工業に無くてはならない要素だというのは、目から鱗でした。工作機械ってやっぱり凄いなあ。

ねじ以外のエピソードにも興味深いものが沢山ありました。
たとえば「降ってわいた発明」とされる服のボタン。ボタンとボタン穴という単純な物を、13世紀になるまで人類の誰も思いつかなかったというのは驚きです。確かに「ボタンを留める操作」を、口や文章で説明するのがかなり難しいことを考えると、ボタンの概念すら存在しない世界で、ボタンを発想するのはとてつもない閃きが必要だったんでしょう。

こう考えると「ものすごく簡単に作れるのだけれど、誰も発想することができないから存在しない物」というのは私たちの世界に結構ありそうです ( 「存在しない物」が在るというのも変な表現ですが ) 。

SF的に考えると、別の平行世界ではそういった物が普通に使われていて、こちらの世界の暮らしとは全然違う様相になっていたりするんでしょうね。
そういうSF小説とかあったら面白いのかもしれませんが、「誰も発想することができない物」を描けるわけがないので、そんな物語は永久に描かれることはないという……。

ねじとねじ回し この千年で最高の発明をめぐる物語 (ハヤカワ文庫NF)
ねじとねじ回し この千年で最高の発明をめぐる物語 (ハヤカワ文庫NF)

『土の中の子供』  中村文則

第133回芥川賞受賞作。

児童虐待物は最近散々やられている上に、創作はノンフィクションに絶対に勝てないんじゃないかという気がするので、この作品のテーマ自体が非常に不利なように思えます。あえてやるなら、よっぽど異質な視点を持ってくるか、『侍女の物語』のごとく本質のみを抽出したファンタジーにするか。

私は淡々と読み進めてしまったのですが、こういうテーマを扱うなら読めるだけではいけないと思うのです。作者に腹を立ててしまうくらい感情が揺さぶられないと……。

土の中の子供 (新潮文庫)
土の中の子供 (新潮文庫)

『カポーティ短編集』 トルーマン・カポーティ/河野一郎編訳

人に『好きな小説家は?』と聞かれたら、たいていカポーティの名前を挙げます。『ティファニーで朝食を』が映画化されてて有名なので、小説をよく知らない人とでもなんとか話のネタにできたりしますし。
本当はジェイムズ・ティプトリー・ジュニアとかコードウェイナー・スミスが好きです、と答えたいところなのですが、アレな世界の作家なので話のネタにならないですしねえ。

カポーティといえば『ティファニーで朝食を』も心のバイブルではあるんですが、幻想的な短編、例えば『ミリアム』や『夜の樹』などがより好みだったりします。

この短編集で一番良かったのは猫に関係した不思議な話『窓辺の灯』。ラストの光景を恐い・異常と見るか、幻想的と見るかで、かなり読後感が変わってきます。
カポーティ短篇集 (ちくま文庫)
カポーティ短篇集 (ちくま文庫)

『未来少女アリス』 ジェフ・ヌーン

うーん、これは原文で読むべき本なのかも。『不思議の国のアリス』の続編パロディなのですが、オリジナルと同じく英語の言葉遊びがかなりあるっぽい……。訳者の風間氏は原文のニュアンスを伝えようとかなりがんばっているのですが、やっぱり微妙な韻やダジャレを日本語にするのは難しいですね。
内容ですが、前半はまさにアリスそのもの、後半はいかにもジェフ・ヌーンな感じになってました(ベースは『鏡の国のアリス』?)。ヘビ女警官と自動人形アリスがピストルで撃ち合うラストシーンとか、なんともシュールな展開が『ああ、やっぱりヌーンだ』と思ってしまいます。

この作品、全然雰囲気が違いますが、私の中で最高のファンタジー『ヴァート』三部作の外伝という位置づけになっているみたいです。イギリスのマンチェスターが舞台だったり、動物人間がたくさんいて普通の人間が希少種になってたり、ヴァート麻薬の最初の発見者・ホバート博士の名前がでてきたり、『ヴァート』と共通する設定・単語が結構出てきます。『未来少女アリス』の舞台が1998年なのに対して、『ヴァート』が(科学技術レベルから考えて)21世紀後半から22世紀くらいの近未来を舞台としているようなので、『アリス』は『ヴァート』以前の話と考えられそうです。

警察がヘビ人間に統括されているところは『ヴァート』作中の警察ネットワークがヘビの魔物に支配されていることに繋がってくるような気がしますし、動物人間をつくりだす(人間と動物を混血する)キャリオン素粒子は、『花粉戦争』で語られる凶悪な不妊治療剤・大豊穣薬十号のプロトタイプなのかもしれません。でも、色々矛盾もあるので、実際は時間軸の繋がった話ではないのかも。
とりあえず、ネコミミ好きとしてはネコ娘が登場するのが嬉しいですね。今までのヴァートは基本的にイヌミミ(しかも一匹狼的な犬のおまわりさんとか)が活躍する作品だったので。
……まあ、バラバラ死体としてしか登場しませんが。

<プラチナ・ファンタジイ> 未来少女アリス (ハヤカワ文庫 FT)
<プラチナ・ファンタジイ> 未来少女アリス (ハヤカワ文庫 FT)

『しあわせの理由』 グレッグ・イーガン

なんだか鬱になるような展開の近未来SFばかり集められた短編集(脳をいじくられたりとか、狂信的科学者がウイルス兵器をばらまいたりとか)。
一番インパクトが強かったのは表題作『しあわせの理由』でした。ウイルス治療の副作用で『しあわせ』を感じる脳内物質ロイエンケファリンの受容体を破壊されてしまい、不幸しか感じることのできなくなった少年が、人工脳神経によって再び幸せを取り戻すまでの物語。脳のある機能が一部分だけ壊れてしまうというのも怖いですね。ラストのモノローグが結構いいです。

しあわせの理由 (ハヤカワ文庫SF)
しあわせの理由 (ハヤカワ文庫SF)