『年間日本SF傑作選 虚構機関』 大森望・日下三蔵編

硬派なハードSFから、これはSF?というようなジャンル不明作品まで、バラエティ豊かな作品が揃っていて、非常に楽しめます。

『パリンプセスト あるいは重ね書きされた八つの物語』(円城 塔)
芥川賞受賞作『アサッテの人』とプロットが似ていたために、お蔵入りになっていたという作品。死んだ曾祖父の残したノートをもとに曾祖父の心情を探る、というところは確かに『アサッテの人』と似ているのですが、『アサッテの人』が文学寄りなのに対して、この『パリンプセスト』はかなり理系寄り。私の中ではこちらの方が評価が高いかも……。
曾祖父のノートに書かれている不思議な情景や物語は、カルヴィーノを思わせるような科学寓話になっていてかなり面白いです。
たとえば、市民全員で毎日決まった法則にしたがって赤い玉を受け取ったり渡したりすることで、都市全体で疑似コンピューターのような計算を行っていたという古代都市の話。この都市は外部の敵?によって偽の赤い玉を流通させられたことで、コンピューターウィルスにやられるがごとく、計算が混乱して滅亡してしまいます。
他には不確定性原理に基づく確率的な波であるはずのガンマ線を「避ける」不死身の生物・紐虫の話とか、ある数式群にそって作られた図形を見ると強制的に涙が出てしまう「涙方程式」の話など、素晴らしい奇想の数々に感動させられました。
全エピソードにわたって、あきらめにも似た寂寥感が漂っているところも良い感じ。

『バースデイ・ケーキ』(萩尾望都)
SF漫画です。火星土産のバースデイ・ケーキは、実は何かの生物の卵。そこから産まれた生物が育ってきて、人間の女の子みたいになって、ついには……というお話。どっかのエロゲに普通にありそうな話ですが、実は微妙にエイリアン侵略テーマの話になっているところが流石。

『ダース考 着ぐるみフォビア』(岸本佐知子)
「ダース・ベイダーも夜は寝るのだろうか」という一文から始まるエッセイ。
ダース・ベイダーは執務を終えて自室に下がった後は何を考えているのだろうか、という考察で、ギャグのように見えますが、けっこう文学的な問題提起になっています。こういうのは今までに見たことが無いかも。
作品設定をもとに登場人物の私生活を考察するというマニア的な話ではなく、ダース・ベイダーという私生活が想像しにくい特殊な人物を通して、平凡な私たちが当然のように持っている「ぼんやりと心をさまよわせる時間」の存在に気づかせてくれます。

『いくさ 公転 星座から見た地球』(福永 信)
本アンソロジーの中随一のジャンル不明作品。
A、B、C、Dという人物が登場する三つのエピソードからなります。
ストーリー自体を楽しむというより、A、B、C、Dの正体と、エピソードごとにどうして彼らの描写が異なっているのかを考えることが楽しい作品かもしれません。
A、B、C、Dはたぶん小学生か、それに近い環境で生活している存在で、Bだけは女の子。
彼らの名前は頭文字で、AはAir、CはChalk、DはDogらしいことはわかるのですが、Bが何なのかがはっきりしない。「Bが得意なのは運動」「とても素敵な歌だと思う。単調なリズムしか刻むことのできない自分が~」という文章と、小学校にありそうなもの、というヒントから考察するとブランコ(Blanco)かなあとも思うのですが、、、

『The Indifference Engine』(伊藤計劃)
宗教そのものが悪いのではなくその集団化が問題、というユングの見解にほぼ同意している私なのですが、この作品ではそれに近い問題をあらわしたような構図が描かれます。
互いに不倶戴天だと信じ切っていた民族対立による内戦がようやく終わったのに、今度は、内戦を続行するべきだという集団と、好戦的な彼らを排除して平和に暮らすべきだという集団に分かれて争いが繰り返される。
内戦続行派の中では、両民族の好戦派が協力しているという皮肉。
どんなに矛盾を抱えていようと、一つの思想のもとに集団ができてしまえば、他集団との戦争が繰り返されるわけで、現在起こっている様々な紛争も根っこはこんな感じなんだろうなあと思うとイヤ~な気分になってしまいます。

虚構機関―年刊日本SF傑作選 (創元SF文庫)
虚構機関―年刊日本SF傑作選 (創元SF文庫)

『渦動破壊者』 E・E・スミス

超有名古典SF『レンズマン』シリーズの外伝ですが、私は本編よりこっちの方が好みかも。

宇宙時代の新種の災害「原子渦動」(地表に裸の原子炉が生まれるような状態)を破壊・滅消することのできる唯一の人物、核物理学者ニール・クラウドと、その仲間たちの活躍を描いた連作短編です。

ひとりでなんでもできちゃうレンズマンとは違って、“ストーム”クラウドは超演算能力以外の力が限定されているので、彼を支えるクセのある仲間たちの魅力が際立っています。ディレイニー『ノヴァ』と似ていて、純粋な戦士より文化人っぽい仲間が多いのも良い感じ。

仲間の一人、猫型異星人ヴェギアの娘ヴェスタがもうホントに可愛すぎてダメです。50以上の言語を操る知性と、強気で血気盛んな性格に、若さからくるウカツなドジっ子属性と、たまに見せるゴロニャンとした甘えの仕草があいまって絶品の猫娘に仕上がっています。

さて、この作品の最大の不満は、後半部でクラウドが新恋人のジョーンを作っちゃうところ。クラウドは原子渦動事故で失った妻子の復讐に冷たく燃えている感じがカッコよかったのに!
スペオペ的にはヒーローのラブロマンスがないと物足りないのかもしれませんが、私の中ではジョーンはいらない子、、、

渦動破壊者 レンズマン・シリーズ
渦動破壊者 レンズマン・シリーズ

『どろぼう熊の惑星』 R・A・ラファティ

一年に一回くらい、ヘンなSF短編が無性に読みたくなる時期があって、ラファティの短編はそういう症状の時に最適です。科学的整合性とかそういうのを抜きにした奇想というか、サイエンスじゃないけどSF、みたいな、そういう短編。
星新一のショートショートにもラファティ作品と同様の薬効があります。

この短編集で一番印象的だったのは『このすばらしい死骸』。
超高性能のコンピューターが人間に反乱するという、ありふれたフランケンシュタイン・コンプレックスの構図をとてつもなくヘンな形に捻じ曲げてあって、『あれ? このコンピューターってフランケンシュタインの怪物じゃなくて×××××だったのか』と妙に納得させられるオチがついています。
変わったSFを求めている人はぜひ一読を。

どろぼう熊の惑星 (ハヤカワ文庫SF)
どろぼう熊の惑星 (ハヤカワ文庫SF)

『銀河パトロール隊』 E・E・スミス

さすがスペースオペラの古典だけあって『あのネタってこれが元ネタだったのか』という描写やガジェットが多数見つかり、それを探すだけでも愉しかったです。(例えばパソコンSLG『シュヴァルツシルト』シリーズの超弩級戦艦の型番が〝Q〟なのはQ砲艦を元にしていたのかー、とか)

自分が一番興奮したのは最初のQ砲を使った艦隊戦のシーンですね。スペオペは意外と戦闘描写をおざなりにしちゃったり、地球上の古典的な戦争と似たような描写でごまかされたりするんですが、この作品はSF的超兵器による戦闘の醍醐味をふんだんに見せてくれます。

逆に苦手だなあと思ったのは主人公のキニスン。この作品に限らずヒーロー物全てに共通することですが、とてつもない力を持ちすぎている超人には感情移入しにくい・・・・・・。
どちらかというと敵首領のヘルマスの方に魅力を感じてしまいました。翻訳の良さなのかもしれませんが(翻訳は小隅 黎氏)、喋り方が非常にスマートでカッコいいです。

銀河パトロール隊 レンズマン・シリーズ
銀河パトロール隊 レンズマン・シリーズ

『スロー・バード』 イアン・ワトスン

『十分に発達した科学技術は魔法と区別がつかない』とのクラークの名言がありますが、まさにそのようなアイデアをフル活用した短編が収録されています。

二つの国が敵の領土を寒冷化して不毛にする戦争を続けた末、ついには地球全体を氷の塊にしてしまった〝冷戦〟世界を描く『寒冷の女王』。

〝異星人の月(宇宙船?)〟の燃料(エントロピーの押し付け)として地球上であらゆる〝事件〟起きなくなり、活力が失われてしまった世界を描く『ジョーンの世界』など。

作中では一見魔法としか思えないような大事件が発生しますが、きっちり量子論などの科学理論によって説明をつけているところが上手いです。

方向性が全く逆な、説明無用のスラップスティックも愉しい。
夢の中で流れるCMの話『ぽんと開けよう、カロピー!』(カロピーは文章だけ読んでいても美味しそう)、遠泳大会がなぜか思想・宗教戦争の様相を帯びてくる『大西洋横断大遠泳』がお気に入り。

スロー・バード (ハヤカワ文庫SF)
スロー・バード (ハヤカワ文庫SF)

『ウニバーサル・スタジオ』 北野勇作

阪神・通天閣・道頓堀など、大阪をモデルにした架空のテーマパークを、表のアトラクションから裏方のスタッフまで含めてドキュメンタリー風に描いた小説。……かと思いきや、そう一筋縄ではいきません。

本作に一番近い雰囲気の小説をあげるとコリイ・ドクトロウの近未来SF『マジック・キングダムで落ちぶれて』でしょうか。サイバーパンク的モチーフと、テーマパークのスタッフ話の合体、という部分が共通しています。ただ本作は『マジック~』よりもバイオ寄りというか、ぬめぬめした生物的ガジェットが多いです。

ほつれ続けるテーマパークを修繕するために自らをクローン化した針子さん。

カエルの細胞から作られた、着るとホントにカエル人間になってしまうフロッグスーツ。

食べた人間の細胞を自己の細胞と置き換えてゆくウミウシ(本当はプラナリア)の牛丼などなど。

ヘンな物たちが山ほど登場します。作者の奇想ぶりを愉しめる一品です。

ウニバーサル・スタジオ (ハヤカワ文庫JA)
ウニバーサル・スタジオ (ハヤカワ文庫JA)

『小鼠、ニューヨークを侵略』  レナード・ウイバーリー

北アルプスの小国グランド・フェンウィック大公国が外貨獲得を目的に、冷戦下のアメリカに宣戦布告するというユーモア小説。
本来、宣戦布告は外交上のポーズでしかなかったはずなのに、大公国は意外な戦利品を獲てしまい……?

9.11以降の今日の世界情勢から見ると、この作品で示されている世界紛争解決策に甘さを感じたりもしますが、内容自体は冷戦下の世界情勢に対する皮肉に富んでいて愉しいです。

特に私は本作中の重要イベントである『米東部沿岸・大防空演習』の描写に心躍らされました。この壮大なアイデアだけで一つの長編が書けるんじゃないかと思うくらい面白い。

ソ連の外務人民委員と英国の外務大臣がバーで酌み交わすシーンなんかも好き。

 

『人間の手がまだ触れない』 ロバート・シェクリィ

有名な作品ですね。もう古典の域に入ると思うのですが。
収録作品の印象は星新一のショートショートSFみたいな感じ。
というか、実際は順序が逆なのかもしれませんが(星新一がシェクリイの影響を受けていそう)。

『体形』『専門家』にみられるような、不定形宇宙人(ナメクジかスライムみたいな感じ?)の価値観が印象的でした。それぞれ繋がりの無い作品なので、たぶんシェクリイの好みのモチーフなんでしょうね。

複雑な道具を作るより、身体のカタチを変えて複雑な作業ができるようになった方がいいじゃないか、という価値観は理解できないでもないです。

不定形知的生命体は手塚治虫の漫画にもよく出てきますが、不定形な肉体への憧れは、意外と多くの人が抱いてる願望なのかもしれません。

 

『ノヴァ』 サミュエル・R・ディレイニー

異星の酒場で大富豪の冒険家ローク・フォン・レイが勇敢な宇宙船乗りを求める所から、物語は動き出します。目的は超エネルギー物質イリュリオンをノヴァ化する恒星から掴み出すこと!

スペースオペラとしては王道の幕開けなのですが、それから終盤直前にいたるまでの展開は結構スペオペの定石から外れた感じの話になります。宇宙船ロック号の航海が冒険というよりも観光といった方がいいくらいゆったりしているせいです。

『絢爛華麗な風景を見せる』(by オールディス)という点で、確かにこの作品はワイドスクリーン・バロックなんだろうなと思いました。乗組員も戦士というより芸術家っぽい人が多いですし。

文化の理論について色々喋って悦に入るインテリ青年カティンと彼の言葉に反発しながらシリンクス演奏で文化を実践してみせるマウス。この二人のキャラの対比がとても良かったです。

終盤直前まではゆったりとしているんですが、ノヴァが始まってからのスピード感はかなり凄いですね。最初から最後までワクワクしながら楽しめました。

ノヴァ (ハヤカワ文庫SF)
ノヴァ (ハヤカワ文庫SF)

『プランク・ゼロ』 スティーヴン・バクスター

イロイロ言われてるみたいですが、ハードSFの人の中では一番好きな作家です。私は古い世代じゃないのでフォワードとかより、バクスターに親近感があったり。

この短編集は超種族ジーリーに関する短編がまとめられてます。

化学屋さんの私としては、パウリの排他原理といったネタがでてくる世にも珍しい物理化学?ハードSF『黄金の繊毛』が印象に残りました。物理学や天文学や生物学に比べて化学をネタにしたハードSFがあまり無いのは、やっぱり化学の地味さのあらわれなのでしょうか、、、

プランク・ゼロ (ハヤカワ文庫 SF―ジーリー・クロニクル (1427))
プランク・ゼロ (ハヤカワ文庫 SF―ジーリー・クロニクル (1427))