『東方綺譚』 マルグリット・ユルスナール

巫女さんシューティングゲームとは関係ありません。

フランスの女性作家が日本や中国の古典を題材にした短編が収録されています。
注目はやはり『源氏物語』の欠番『雲隠』の章を想像して描いたと思われる『源氏の君の最後の恋』。老衰し、出家隠遁した光源氏が出遭う、最後の恋の話です。

基本的には(訳者の多田智満子氏による修正もあってか)、日本の古典訳としても全く不自然でない文章と内容になっていますが、最初の一文だけ西欧の王族列伝みたいな雰囲気があって、なかなか新鮮です。

“アジアに名をとどろかせた最大の誘惑者たる源氏の君は、~”(P67)

光源氏も他国からみたら確かにこんな感じかなあと思えます。  
こういう日本史を世界史的に描くノリは、ファンタジーノベル大賞受賞者の宇月原晴明を思い起こさせるものがあります。

“彼(信長)のような日本の、そのまた取るに足りない小国の王子にとって、~”  (宇月原晴明『信長 あるいは戴冠せるアンドロギュヌス』 P5)

※ ※ ※

それにしても、日本人が古典西欧を題材にした小説を描いた場合、西洋の人にとってどれくらい違和感なく受けとられているものなのでしょうか。
本作でも、『註※こんな人物は(源氏物語に)いないはず』なんて書かれているのを見ると、やっぱり微妙な部分をつかみ損ねていたりするのかなと考えてしまいます。

(2009/01/26)

東方綺譚 (白水Uブックス (69))
東方綺譚 (白水Uブックス (69))
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『オンディーヌ』 ジロドゥ

フーケーの小説『ウンディーネ』の戯曲版です。水の精が人間の騎士と出会って結婚して苦労するお話。
小説『ウンディーネ』でも娘時代の水精ウンディーネのヘンテコぶりと元気のよさが可愛すぎてたまらないですが、『オンディーヌ』はそれがさらにパワーアップしています。
ほぼ初対面の人に「あたしを食べて! ぜんぶ食べて!」なんて言っちゃう娘はどうなのか。

小説『ウンディーネ』は結婚後の病み度が酷過ぎてあまりに不憫なんですが、『オンディーヌ』の方は結婚した後もわりと元気ですね。
それゆえに、『ウンディーネ』よりは救いのある結末を導くことができています。

※ ※ ※
 
『人魚姫』は悲しい話だから嫌い、という人がいるのですが、『人魚姫』は元ネタのひとつである『ウンディーネ』を読むと、だいぶ違った印象を受けるようになります。
『人魚姫』は必ずしも、単純な悲劇を意図しているわけではないんですよね。
『人魚姫』は『ウンディーネ』の世界にあった多くの過ちを改善してやり直そうとして、それでも最後のひと押しが足りなくて大団円に至れない話なわけで。

『ひぐらし』の『鬼隠し編』に対する『罪滅し編』の関係が、『ウンディーネ』と『人魚姫』の関係といえばすごく的確に例えられるんですが、、、

対称的な要素を挙げてみるとこんな感じ。人魚姫はいろんな点で恵まれています。
『ウンディーネ』 川の精 妬み邪魔をする親類 浮気性の騎士様 掟によって恋人を殺すことを強いられるウンディーネ
  ↑   ↓
『人魚姫』 海の精 人魚姫を気遣う姉妹 誠実な王子様 自分の意志で恋人を殺すことを拒否できる人魚姫
(2009/02/22)

オンディーヌ (光文社古典新訳文庫)
オンディーヌ (光文社古典新訳文庫)

『黒いカクテル』 ジョナサン・キャロル

幻想的な現代ファンタジィを描かせたら天下一のジョナサン・キャロルの短編集。
「学校や会社で普通に過ごしている夢」とか「通勤・通学する夢」みたいな感じで、一見現実的なんだけれど、何かヘンな世界を描くのが得意な作者です。
この短編集で印象に残ったのは『フローリアン』と『砂漠の車輪 ぶらんこの月』。

『フローリアン』は不治の病で動くことすらできない幼い息子のために、父親が息子が元気に遊びまわっている理想の世界の小説を書いて、息子に聞かせようとする話。息子が死んでしまった後も、父親は小説を書き続け、「息子は小説の中で生きている」という歪んだ想いを持つようになってしまい……。最後は何が現実なのか、息子は本当に死んだのか、生きているのか、分からなくなってきます。

『砂漠の車輪 ぶらんこの月』は三ヵ月後に病気で失明してしまうことを知ってしまった男の話。
残りの90日間で男は「絶対に忘れたく無いもの。生涯記憶に焼き付けておく景色・人物」を10だけ選んで写真に撮って、失明した後の慰みにしようと考えます。そうして撮った最初の写真に写っていたものは……。

この話のテーマについてはいろいろ考えてしまいます。あと90日後に目が見えなくなるとして、自分だったら何を見て、何を覚えておこうと考えるか、、、
 (2008/12/30)

黒いカクテル (創元推理文庫)
黒いカクテル (創元推理文庫)

『夏化粧』 池上永一

私は大和人じゃなくて琉球民族なんですよ。でも育ちはほとんど中国地方なので、なんちゃって沖縄人というかなんというか、、、
子供の頃はそれほど意識していなかったんですが、成人してから沖縄の本家の行事に参加したりすると、土着文化みたいなものをビシビシ感じてしまったり。
そういう理由もあって、池上永一氏の描く沖縄ファンタジーは大好きです。

本作は若いシングルマザー津奈美が、産婆のオバァにまじないをかけられて見えなくなってしまった息子を元に戻すために、呪い返しの儀式に奔走するお話。
新月の日に掘られた井戸に飛び込んで〝陰〟の世界に入り、他の人にかけられた〝七つの願い〟を集めると息子を元に戻せるという、どこかのRPGのイベントみたいな儀式なのですが、実際、途中で同じ目的を持ったライバルと対決したりとRPGみたいな話の進み方をします

悪い意味ではなく、上質のエンターテインメントとしてワクワクしながら読めます。今や懐かしの電撃「ゲーム小説」大賞のコンセプトをとことん進化させたら、本作のような形に行き着くんだろうなあと考えたり。

中盤までは笑ってしまうような展開が続くんですが、津奈美が自分の息子のために、小学生の千佳子から「想像力のある子に育って欲しい」という願いを奪ってしまう所からじわじわと黒い展開が広がり始めます。

千佳子は小説の最初の頃からチョイ役的に出てきて、類まれな妄想力で『秘密倶楽部』という少年探偵団モドキの仲良しグループにB級カルトな話題を提供し続けている、なかなか面白い子なのですが、「想像力のある子」の部分を津奈美に奪われたことで、妄想する力を完全に失ってしまいます。
そのせいでネタの源を失った秘密倶楽部は解散してしまい、千佳子自身は日常から刺激を見出すことすらできなくなってしまいます(『こんなんじゃない! こんなのあたしじゃない!』と叫ぶところは不憫で仕方がない、、、)。

しかし、これでもまだ序の口。以後、さらに衝撃的な展開が待ち受けています。前半/後半の雰囲気のギャップがかなり激しい作品。一読の価値はあります。
(2008/10/12)

夏化粧 (角川文庫)
夏化粧 (角川文庫)

『紗央里ちゃんの家』 矢部嵩

第13回ホラー小説大賞の長編賞作品。設定からジュブナイル・ホラーかと思ったら、今まで読んだことがないようなすごく変な小説でした。
 
お話は小学五年生の『僕』が、年の近い従姉の紗央里ちゃんの家に父と一緒に泊りがけで遊びにいくところから始まります。が、紗央里ちゃんの家は何か様子がおかしい。
 まず叔母さんが血まみれのエプロンで出迎えますし(料理中だったと言い訳する)、紗央里ちゃんは突然家出したと言われて、会う事ができない。家全体からはなんともいえない腐臭が漂ってくる。
不審に思いながらもてなしを受けていた『僕』は、ふとしたことで洗濯機の下に千切れた指が落ちているのを見つけてしまう……。
 
この小説が変なのは登場人物に全然危機感が無いところなのですが、その点がものすごく気持ち悪く感じます。
この前読んだ同賞受賞作『余はいかにして服部ヒロシとなりしか』はユーモラスという表現が的確でしたが、こちらはギャグ漫画のような描写が逆に気持ち悪い。ところどころ物語世界全体が歪んでいるような、妙な擬音が入るところも不気味ですし。さらに終盤は登場人物が突然入れ替わっているようにも感じてしまう。(父と叔父さん。お姉ちゃんと紗央里ちゃん)

なんというか、怪談『牛のくび』や『見たら死ぬ呪いのビデオ』みたいな感じで、この話の内容が怖いというより、この小説の存在自体が呪われているような印象を受けてしまいます。
こういう感覚は小説ではなかなか味わえないことを考えると、かなり凄い作品なのではないでしょうか。
 
天下の角川が出してて、作者名がちゃんと出ているからわりと安心感がありますが、出所不明の怪文書としてこの作品を読んだら相当な戦慄を受けてしまうような気がします、、、

(なんとなく、ぴろぴと氏の動画作品に近い印象を受けました)

(2008/10/26)

紗央里ちゃんの家 (角川ホラー文庫)
紗央里ちゃんの家 (角川ホラー文庫)

『余はいかにして服部ヒロシとなりしか』 あせごのまん

表題作は第12回日本ホラー大賞の受賞作。

寄り道に訪れた古い友人の家で歓待され引き止められているうちにどうしても出られなくなって、ついにはそこの住人となってしまう、というモーリス・ブランシュの『アミナダブ』のような幻想小説で見られるテーマを官能的に描いた短編です。

他の話もそうですが、怖いという感じはしなくて、「不気味な舞台で喜劇をやっている」ような印象を受けます。
表題作は徹底したサイコホラー(母親の狂気と家庭内支配が生んだ家族宗教の話)として描いたらかなり怖い話になったと思うのですが、ヘンテコな超常現象が起こるために恐怖がユーモアに転化されている感じです。

選評にもありましたが、落語が好きな人にオススメな短編集かも。 
(2008/08/25)

余は如何にして服部ヒロシとなりしか (角川ホラー文庫)
余は如何にして服部ヒロシとなりしか (角川ホラー文庫)

『サンマイ崩れ』 吉岡暁

表題作はものすごくオーソドックスな怪談でした。
ホラーはなんだかんだいって典型的な怪談が一番怖かったりするんですが、本作は私の琴線に触れるにはもう一歩足りない感じ。
最後の、正体がばれるシーンがもっと不気味な描写になっていれば……。
 「人界から隔絶されている」「助けを求めても誰も助けに来てくれない」感じが今ひとつ足りないのです。
小説よりも、BGM無しのブレアウィッチ的な映像作品でやったらもっと怖くなるかもしれませんね。

もう一つの中篇『ウスサマ明王』は『ひぐらし』+『バイオハザード』といった感じですが、先行作品の焼き直しというわけではなく、なかなか面白いエンターテインメントに仕上がっています。
いかにも古風かつ呪術的な妖怪を、過剰な軍事兵器で制圧しようとするプロットが面白いですし、戦闘描写も緊迫感があって非常に良い感じです。

なんとなく『ひぐらし』っぽいガジェットが多いような気がしますが、偶然なのかな、かな?
・戦闘をしているのは一部の政治家によって私的に創設された陸自の特殊部隊。
・ヒナの攻撃法の基本がブービートラップで、なんとなく沙都子ちっく。
・学校を手製の爆弾(盗んだ灯油缶で誘爆する仕掛け)で爆破する描写。
・災厄のきっかけは、村に伝わる伝説。オヤシロさまならぬ〝お豊さま〟 

(2008/09/23)

サンマイ崩れ (角川ホラー文庫)
サンマイ崩れ (角川ホラー文庫)

『不思議の国のアリス』 ルイス・キャロル/多田幸蔵 訳

ちくま文庫の柳瀬尚紀訳と同じく、中高生以上の読者を想定した訳になっています。 巻末に『※読後感をまとめよう』といった国語の問題みたいなものが付いているのがご愛嬌。

この本のアリスの性格はかなりツンツン。なかなか特徴的です。

『だれもあなたの意見を聞いてやしないわ』(ふざけたことを言う帽子屋への返事。“あなた”に傍点まで付いている)

『そんなものないわよ!』(糖蜜井戸の話を聞いて)

『安っぽい贈り物だわ!』『お誕生日の贈り物があんなのでなくてよかったわ!』(公爵夫人に『ためになる格言』を贈られて)

※ ※ ※

さて、この文庫(旺文社版)の表紙は有名なテニエル画ですが、なぜかアリスの服が赤色で塗ってあります(カバーデザインは小宮山逢邦という人)。赤服のアリスは日本だけの進化系じゃないかと考えていたんですが、この本も一つの有力な資料かもしれません。 (2008/09/07)

『見えない都市』 イタロ・カルヴィーノ

巡察使マルコ・ポーロが皇帝フビライ・ハンに自分の見てきた不思議な都市について語る、という形式の小説。ラノベファンの人には『キノの旅』を想像してもらうと分かりやすいかと。

さすがSFファンタジー『レ・コスミコミケ』を書いたカルヴィーノの作品だけあって、マルコ・ポーロが中世の言葉で現代都市や未来都市のことまで語っているように見えるところが面白いです。
月の運行軌道にまで達した尖塔がそびえ立つ都市ララージュの描写は実は軌道エレベーターの描写なのではないかと思えますし。

あと、マルコ・ポーロが大地図帳を見ながら想像する事柄もSF的でしびれてきます。

“それからさらに千年後には、やがてはついに黄色と黒と赤の諸人種を生き残った白人たちの後裔ともども、偉大なる汗の帝国よりもなお広大な帝国に融合させるにいたる三百年もの長い攻城戦ののち、太平洋の首都として栄えるようになるのかもしれぬ、と”(P178)

※ ※ ※

マルコ・ポーロ好きなんですよ。陳舜臣『小説マルコ・ポーロ』の秘密工作員的に描写されたマルコ・ポーロの魅力にやられて好きになったところがあります。光栄の某シミュレーションゲームでも全世界トップクラスの策謀能力を持っていたりしますし。

マルコ・ポーロは元朝側に記録が少ないことから、実は中国には行っていない(ホラ吹き)とか実在の人物ではないとまで言われたりしますが、記録に残っている数少ない仕事が最重要クラスのものであるがゆえに、一種の懐刀的な謀臣であったのではないかと想像されるところなど、日本でいうと山本勘助と似たような扱いをされているフシがあります。

『見えない都市』はこの魅力的かつミステリアスな人物が語るという点で、私にとっては単なる文学的評価だけではなく『キノの旅』と同じくらいキャラクターの魅力にも溢れた小説だといえます。
(2008/08/06)

見えない都市 (河出文庫)
見えない都市 (河出文庫)

『黒い玉』 トーマス・オーウェン

『青い蛇』とセットになっている短編集。こちらに収録されている短編ははっきりした傾向があって、生者が知らずに死者と交わってしまう、というタイプの怪談話が多いです。とはいえ、この作者の持ち味である物語の定型を外したような奇妙な展開もちゃんと散見されます。

解説ではユーモアのある話とされている『売り別荘』が、私にはかなり怖かったのですが、、、
<売り別荘>の看板を掲げて客を迎えておきながら、「この別荘は売り物では な い 」という矛盾する書き置きを残して別荘の主人がいなくなってしまうのは意味不明すぎて怖いと思うのですよ。

表題作の『黒い玉』も主人公がなぜあのような災難に見舞われるのか分からない点が不気味です。
(2008/08/06)

黒い玉 (創元推理文庫)
黒い玉 (創元推理文庫)

猫耳や狐耳のついた「獣耳キャラクター」について、漫画・小説・ゲーム・アニメ等における表現史を調査している同人サークルです。